イルミネーションを、ずっと小さくした感じである。
これだけ多くのホタルが木の葉に集まっている姿は、日本などでは見られない光景であろう。家々の間を通って水田のある所へ出てみたが、辺りにホタルの姿は見えなかった。少し歩いて芭蕉や椰子の木の間に入ると、いくつかのホタルの飛んでいる姿が見えるようになった。
集落の家々の間を通って、海辺の椰子林にある暗い道に出た。何匹かのホタルが椰子の葉の間を縫うようにして飛んでゆくのが見える。中には海面すれすれに低く移動しているのもある。
私が今まで見てきたホタルは、小川や水田のような真水の周りがほとんどであった。遠くに停泊している本船の姿を背景として舞っている。海面の上を飛ぶホタルを見たのは、私にとっては始めてのことである。椰子林の続く海沿いにある暗い道を一人でゆっくり歩いて、集落の外れにある小さな店の前に着いた。
店の前には、五人ほどの男女が縁台のような所に座って話していた。中は十分に行き届かないランプの灯りでよく分からなかった。
私は、歩いたあとでかなりのどが渇いていたので、サンミゲルというビールを注文して、グラスにつぎながらゆっくり飲み始めた。周辺の人家はランプの灯が多いようであった。
店の前に座っている人たちと、私はブロークンイングリシュにジェスチャーを交えながら、ホタルを見てきたことなどを話した。そのうちに子供や老若男女の人たちが集まってきて、三十人ほどになり、店の前は人だかりでにぎやかになった。

椰子の葉で屋根を葺いたり、横の部分を覆っている近所の家から出て集まってきた人たちは、子供たちを中心にして、代わる代わる私に質問してきた。
「船はどこからきたか」
「日本を出て香港、スリガオに寄港しながらここに来た」
「乗組員は何人か」
「十六人だ」
「全部日本人か」
「日本人二人とフィリピン人十四人だ」
「あなたは子供が何人あるか」
「男二人だ」
「あなたの家族は日本のどこにいるか」
「大阪だ」
などという会話から始まって、とりとめのない話に笑いを交えながら、一時間ほどの楽しい時間を過ごすことができた。
現在フィリピンの労働者の失業率は高く、国内の賃金水準は低いため、海外の就労を求める者が多い。海外就労者は二百万人を超えている。またマニラ周辺の治安の悪い原因は多くの人の貧しさにあるという。このような問題をかかえた国であるが、集まってきた子供たちのさわやかな表情に接していると、将来のフィリピンに明るい展望があるものと思われる。
日本では少なくなったと言われるホタルの多くの乱舞を見たあと、店先の人たちと話しているうちに、二人の少年が船まで送ってくれることになり、少年二人の漕ぐカヌーは、暗い静かな海をすべるようにして船に着いた。
集まった人たちの、貧しく見えるが精いっぱい生きている姿は、私の心にここちよい印象として残った。
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